ボランティア活動の種類

スポンサードリンク

ボランティア活動の種類や内容は、草の根レベルで地道にコツコツやるものから、イベントに参加したり現地に赴いたりと様々です。国連のユニセフやWWF(世界自然保護基金)といった募金をして貧しい国や動物を助けたりするのもボランティアの一環ですが、例えば町で観光に来ていた人が貴方に道を尋ね、それを丁寧に教えてあげたとしたら、それも1つの活動になります。エレベーターのボタンを押して車椅子の方を誘導してあげるのも含まれます。そう考えると自分でも気付かないけど、実は沢山ボランティアをしていた!と思い当たる方も沢山いらっしゃると思います。本来の姿はとっても地味な、それでいてとっても大切なものなのです。また、絵本を買うと1冊につきこのくらいの広さの土地の地雷撤去が出来る、といった具合のちょっと変わったボランティアもあります。自分は子供の為や仕事で絵本を買っただけなのに知らず知らずのうちに自分のお金によって遠い国で地雷が撤去され、子供たちの足や手を無くすような残酷な事故を未然に防いでいるのです。札幌ではYOSAKOIソーラン祭りや雪祭りでは毎年ボランティアの人々が町に出て、観光客の方々にさまざまな言語で公共機関の使い方やイベント会場の案内など色々な情報を提供しています。今年は洞爺湖サミットでもボランティアが借り出され、市内の案内や通訳にいたるまで、お手伝いをしています。また、「チェルンブイリへのかけはし」といった団体は札幌市内でフリーマーケットを開催しその収入によってチェルノブイリから放射能に汚染された子供たちを一時的に北海道に疎開させて放射能の無い世界を知る手助けをしています。ボランティア種類や内容とは自発性・利他性・無償性に基づく活動のことですが、活動というと大げさでむしろボランティアというのは「行動」に近いと思います。自分がしたいと思ったことで他人が助かった、実はこんな簡単なものだと私は解釈しています。

ボランティア活動の意義

ボランティア活動の意義や役割につきまして、それがハッキリ認識されてきたのは阪神・淡路大震災の時でしょう。日本国内においてボランティア活動というものは、それまでは例えば海がめを保護したりゴミを拾ったりといった「危機感のあるもの」とは若干畑が違うものでした。もっと言えば国民の認識としてボランティア活動なんて、人々の日常の生活とは離れた世界のものにカテゴライズされていたと思います。そんな人たちの目を変えた当時の阪神・淡路大震災は、地震発生直後から各地からNGOや宗教団体・医師・建築士などの技能団体や大学・企業グループを初めとした多くの団体・個人がボランティア活動に参加しました。まさにあの地震によって日本はボランティアの意義や役割を見出したといって良いでしょう。ボランティア精神というものは本来、キリスト教が教えている思想でありますが、日本人は昔より助け合いの気持ちを持って生きてきました。アメリカの幼稚園で「2つあったら1つお友達にあげましょう」と教えている一方で、日本人のかつての気質は誰に教えられなくても「1つもなくてもお友達を助けましょう」といった意識が組み込まれている素晴らしい国民性であったのです。ただそれを公に「ボランティアです!」と大々的にアピールするのが苦手であるが故に、日本では活動に参加するのも消極的な人が多かったのだと思います。そんなことを言ってられなくなったのが、件の震災であり、人々は苦しんでいる人の為に何をすべきか、自分は何かできないかといった気持ちからあちこちでボランティア団体が出来、活動をするようになりました。現在では専業主婦や会社員、学生などが労働力を使って参加するボランティアやプロフェッショナル・ボランティアといった医師や弁護士など専門的な技能を持った人が団体に参加し有事無事に関係なく出来る限りの情報を地元市民の方々に提供しています。

ボランティア活動の問題点

ボランティア活動の問題点としましては国内外を問わず様々な例が挙げられています。特に阪神・淡路大震災や岩手・宮城内陸地震などといった天災による被害を受けた地域でのボランティア活動は、支援する側と被災地でボランティアを受ける側との温度差による問題や、被災地での安全面などが重要視されています。各々のニーズにあったボランティア活動というものは実際問題として非常に難しく、良かれと思った事が残念ながら結果的には被災者や被害者を苦しめたりする例も少なくはありません。本当に必要なもには何なのか?といったものが、少数ではあるものの活動者の考えから消える事がありパフォーマンスの1つとなってしまい相手が望んでもいない物を与えたりする、という事例もあるというのは、奥尻沖地震の時に痛感しました。むしろ迷惑だと言われてしまう活動もあるのです。何故そう言われてしまうのか?それはボランティア活動には継続性が必要であるにも関わらず一過性で終わってしまう活動があまりにも多いからです。そんな安易な行動をおこすボランティア活動団体によって、一般市民の皆さんに偏見が植え付けられるというのは悲しい現実だと思います。ボランティアの中には動物保護団体や環境保護団体もあります。彼らの中には、動物や環境を守ろうとする気持ちが強いばかりに、周りに迷惑をかける人もいます。タチが悪いことに彼らの根底には「良いことをしている、正義を貫いている」と信じているところです。本来、ボランティア活動はまず、支援する側が情報とするべきことをしっかり把握することであり、奉仕活動の間は自我の暴走を食い止め、「与える」だけの活動ではなく「育てる」活動をしていく事が必要といえます。

スポンサードリンク